歴史的日記

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2018-2 何をやってるか記録

2月は、今日までにブログ記事は8本投稿した。

その他、ブログにアップロードしてない分の勉強について記録する。

ローカルで取ったメモなど

千葉雅也『動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』河出文庫、2017年 面白いけど同時に色々勉強しないと読み進めるのが難しい。

2月に入ってから色々動きすぎてることの教訓としてこれは割と良かったのではないか。

もっと動けばもっと良くなると、ひとはしばしば思いがちである。ひとは動きすぎになり、多くのことに関係しすぎて身動きがとれなくなる。創造的になるには、「すぎない」程に動くのでなければならない。動きすぎの手前に留まること。そのためには、自分が他者から部分的に切り離されてしまうに任せるのである。自分の有限性のゆえに、様々に偶々のタイミングで。*1

森山公夫『躁と鬱』筑摩書房、2014年 かなり面白い。特に「躁うつスパイラル」論などはかなりの価値があると思う。が、 昔の思想家、文学者を引いてきて精神状態について考察するのはやや牽強付会のきらいがあるのではないかと感じた。吉本隆明、北村透谷、坂口安吾鶴見俊輔ゲーテ、プロメテウス、ルター、ジョン・スチュアート・ミルマックス・ウェーバーニーチェとか、そりゃそれだけ色々分析できたら面白いのかもしれないが、多すぎるのでは?

 

國分功一郎『暇と退屈の倫理学 増補新版』太田出版、2015年 だらだら読んでたら飽きてきた。そこそこページ数を割いて紹介されている「定住革命」について、この本で初めて知ったが、どうも史料と論法に怪しさを感じた(先史時代の生活を描写するために創作した物語を挿入するあたり)ので、これは暇ができたら調べてみたい。さしあたっての文献は 岡村道雄『縄文の生活誌』 か。

 

向井照彦『ウイルダネス研究序説──植民地時代における生成と展開』英宝社、1995年 wilderness は最近知った概念で色々考えるのに面白そうで少し気になっている。いずれブログ記事にまとめられるといい。

 

現代詩

現代詩手帖 2018-1 見た。中尾太一「カーディガンと栗鼠のうた」に感心したので手元に写した。

現代詩手帖 2018-2 の「2000年代詩とはなにか?」も見て、現代詩手帖 2009-4 の特集「ゼロ年代詩のゆくえ」もチェックした。

その後、思うところあって、中尾太一の作品・散文等一覧をまとめ始めた。調べてみると結構な量の作品を読んでたんだなと思いつつも、昔のものや同人などは全然チェックしてないので、その辺りはこつこつ調べていくか、という気持ちになった。その一覧をブログで公開してもいいものかは考え中。

 

スペイン語

特に成果なし。ボルヘス調べてモチベーションだけは上がった。

 

英語

特に成果なし。昨日教えてもらったんだけど、木曜日に TOEIC 受けることになってるらしい。当日まで勉強しないのではないだろうか、というか当日朝9時に起きるのだろうか。謎は多い。

 

プログラミング

特に成果なし!

 

就活

卒業できるかもよくわからないので、今年は就活しないんだけど、それはそれとして、周りの人を何人か集めて就活情報収集用グループに放り込んでグダグダするということを始めた。

どうせそのうち就活するんなら今のうちから他人の就活に付き合った方が楽しめるという気持ちでグループを作ったので、就活生以外の参加者も絶賛募集中。

 

イデア

僕がメンタルヘルス関連の書籍を読むようになったのは、啓発目的と、あとは「ネット上に存在するクオリティの低い健康情報」をフィルターできるように知識が欲しいというモチベーションだったと整理できる気がする。

専門的な知見は未だ得られていないとはいえ、全く何も勉強していなかった頃に比べると、ある程度のフィルタリング能力は身についたように思う。

「非専門家として文献を手広くおさえて、人のためにクオリティの低い情報をフィルタリングし、逆におすすめできるノウハウについてコンサルトする」というのをスキルとして習得できるとサバイバル能力が上がる気がする。実際僕自身がスキルフルな人らに助けられて生きている面が多分にあるので。

或いは余計な勉強をして損するコースなのかもしれないが、まあとりあえず余計なことに時間を取られてるのを楽しもうという気持ちになる。今のところ。

*1:千葉 (2017) P.67