『文体の舵をとれ』練習問題(6)「老女」二作品目

二作品目:一作品目と同じ物語を執筆すること。人称──一作品目で用いなかった動詞の人称を使うこと。時制──①〈今〉を現在時制で、〈かつて〉を過去時制、②〈今〉を過去時制で、〈かつて〉を現在時制、どちらかを選ぶこと。

 

 彼女は検索の末、ついに中心に辿り着いた。彼女の目にしているものが社会−道徳−リアルタイム−フィードバックの中枢だった。用いられている文法や用語は現代とまったく異なっていた。これを本当に復活させられるのか──彼女はしばし思案した。しかし迷っている暇はなかった。外出許可は今日一日しか出ておらず、限られた時間内に復活作業を終わらせなければならなかった。作業手順はこうだ。初めにアーカイブを読み込み、五十年前の主要な言説を手元に引き寄せ、次に現代の規制基準を確認しながら、思想制御プログラムを現代的にチューニングする。彼女は気づく。社会−道徳−リアルタイム−フィードバック当初と言えば、戦争倫理の項目がなかったはずだ。正確には項目は存在していたが、機体所有各国のパワーバランスと思惑により、空虚なものになっていた。もしも彼女がこの愛機の存在を許すとしたら、戦争倫理項目の調整なしにはあり得なかった。彼女はもう戦場を許さない。
 五十年前の彼女に理解できるだろうか。彼女はむしろ戦場以外のすべて、銃後の安楽を憎んでいる。聖−社会−結合機の一部になった彼女には常に最新の国内報道および各種インテリジェンスが流れ込んでくる。彼女は戦場にありながら祖国の「情報」のすべてを感知し、そして思想制御プログラムの下、国民の総意を統べる器の一機となって戦場を駆け、戦闘行動のすべてを国民の熱狂と直接接続するデバイスになる。そう、彼女の青春の名前は聖−社会−結合機。機体の一部となった頃のことを彼女はよく覚えている。家族の顔も知らない顔の女にとって、「情報」が与えるものがすべてだ。聖−社会−結合を「情報」が望んだ時に彼女は生まれてきてよかったと心から思った。生きる意味が与えられた自分こそこの国に生きる幸せの一人だ。
 ビープ音が鳴り、意識が画面に引き戻された。最新の評価器が下した判断は、社会−道徳−リアルタイム−フィードバックは現代の倫理基準において存在を許されないという端的なものだった。これは一体……? 信じられなかった。このままで復活はできない。それどころもっと重要なことがある。彼女はかつて自分から進んでこの機体に乗ったと思い込んでいた。しかし、この評価器の判断から推論すると、搭乗者の感情は思想制御プログラムによって完全に書き換え可能だった。つまり彼女の幸せは、戦闘用感情調整と全く同じ論理で作り上げられたものだったのか。ここで復活させてしまうと、半世紀前の論理が再び彼女たちの自由意志を脅かす。
 五十年間動かなかった愛機が今になって、敵になった。葬らなければならない。