『文体の舵をとれ』練習問題(5)「簡潔性」

一段落から一ページ(四〇〇〜七〇〇文字)で、形容詞も副詞も使わずに、何かを描写する語りの文章を書くこと。会話はなし。

要点は、情景や動きのあざやかな描写を、動詞・名詞・代名詞・助詞だけを用いて行うことだ。

時間表現の副詞(〈それから〉〈次に〉〈あとで〉など)は、必要なら用いてよいが、節約するべし。簡素につとめよ。

 

酔うたり読書。文字が膨らんだり縮んだりし、ページが遠ざかり近づく。げろげろ。バスの中で読むからこうなる。わかってはいるのに時間を潰さずにいられなかった。胃液が込み上げてきて臭う。やってしまうかもなこれは。視線をどこにやってもダメ。バスの振動を感じる。感じたくないのに感じて、バスの乗客も座席も空調も臭い。あるいは読書をしていなくても吐いたかもしれない。三半規管か何か、耳の中にあって揺れを感じ取る器官が貧弱だ。カーヴ。残す所三十分。保つのか。エチケット袋は用意してある。百均で買った。すべてを解き放つ術が用意されているゆえ、この袋の存在によって安堵する。カーヴ、安堵、カーヴ。本の内容は忘れた。バス酔いを防ぐのに使えないものを持っていたくはない。窓から投げ捨てよう。窓を開けると排気ガス流入してきて気分が悪くなる。次のバス停を知らせる車内アナウンスが耳を刺激する。目と耳と鼻はつながっていると思う。目を閉じ耳を塞いでも刺激はとまらない。とめどがない。胃の内容物を袋の中に吐き落とす。