『文体の舵をとれ』練習問題(6)「老女」一作品目

今回は全体で一ページほどの長さにすること。短めにして、やりすぎないように。というのも、同じ物語を二回書いてもらう予定だからだ。
テーマはこちら。ひとりの老女がせわしなく何かをしている──食器洗い、庭仕事・畑仕事、数学の博士論文の校正など、何でも好きなものでいい──そのさなか、若いころにあった出来事を思い出している。
ふたつの時間を超えて〈場面挿入〉すること。〈今〉は彼女のいるところ、彼女のやっていること。〈かつて〉は、彼女が若かったころに起こった何かの記憶。その語りは、〈今〉と〈かつて〉のあいだを行ったり来たりすることになる。
この移動、つまり時間跳躍を少なくとも二回行うこと。
一作品目:人称──一人称(わたし)か三人称(彼女)のどちらかを選ぶこと。時制──全体を過去時制か現在時制のどちらかで語りきること。彼女の心のなかで起こる〈今〉と〈かつて〉の移動は、読者にも明確にすること。時制の併用で読者を混乱させてはいけないが、可能なら工夫してもよい。

 

 検索の末、ついに中心に辿り着いた。これが社会−道徳−リアルタイム−フィードバックの中枢なのか。文法や用語が現代とはまるで違う。これを本当に復活させられるのか。しかし迷っている暇はない。外出許可は今日一日しか出ていないのだから、限られた時間内に復活作業を終わらせなければならない。まずアーカイブを読み込んで、五十年前の主要な言説を手元に引き寄せる。次に現代の規制基準を確認しながら、思想制御プログラムを現代的にチューニングする。それから、えーと、そうだ、社会−道徳−リアルタイム−フィードバック当初と言えば、戦争倫理の項目がなかったはずだ。いや正確には項目は存在していたが、機体所有各国のパワーバランスにより、空虚なものになっていた。もしも私がこの愛機の存在を許すとしたら、戦争倫理項目の調整なしにはあり得ない。私はもう戦場を許さない。
 五十年前の私に理解できるだろうか。私はむしろ戦場以外のすべて、銃後の安楽を憎んでいたはずだ。聖−社会−結合機の一部になった私には常に最新の国内報道および各種インテリジェンスが流れ込んできていた。私は戦場にありながら祖国の「情報」のすべてを感知し、そして思想制御プログラムの下、国民の総意を統べる器の一機となって戦場を駆け、戦闘行動のすべてを国民の熱狂と直接接続するデバイスになった。私の青春の名前は聖−社会−結合機。機体の一部となった頃のことはよく覚えている。家族の顔も知らない私にとって、「情報」が与えるものがすべてだった。聖−社会−結合を「情報」が望んだ時に私は生まれてきてよかったと心から思った。生きる意味が与えられた自分こそこの国に生きる幸せの一人だった。
 ビープ音が鳴り、意識が画面に引き戻される。最新の評価器が下した判断は、社会−道徳−リアルタイム−フィードバックは現代の倫理基準において存在を許されないという端的なものだった。これは一体……? 信じられない。このままでは復活はできない。いやそれよりも重要なことがある。私はかつて自分から進んでこの機体に乗ったと思い込んでいた。しかし、この判断から推論すると、搭乗者の感情は思想制御プログラムに完全に書き換え可能だった。つまり私の幸せは戦闘用感情調整と全く同じ論理で作り上げられたものだったのか。ここで復活させてしまえば、半世紀前の論理が再び私たちの自由意志を脅かす。
 五十年間動かなかった愛機が今になって、敵になった。葬らなければならない。