悲愴を聴きに行った

後輩の演奏会を聴きに行った。プログラムのメインはチャイコフスキー交響曲第6番悲愴だった。

同楽団で2年前にこの曲を演奏した時、ファゴットの1番を吹いたのは僕だった。

 

演奏はとてもよかった。僕よりも上手く吹いていたと思う。

 

演奏後、拍手が鳴り響く。指揮者が最初にファゴットのトップを立たせてくれる。

思わず立ち上がりそうになり、中腰で半分身を乗り出して精一杯拍手をした。今は感染対策で歓声を上げることができないので、ブラボーを叫ぶことはできなかった。

各パートへの拍手が一巡した後、指揮者が舞台袖に一度下がる。

再びカーテンコールで指揮者が舞台上に現れた後、花束を持った学生が二人舞台袖から出てきて、指揮者とコンサートマスターに手渡す。

実はこの時、既に半分期待していた。

指揮者が花束を受け取った後、ファゴットの所まで歩いていって、トップに渡した!

僕はすっかり嬉しくなってついに立ち上がり、拍手を送った。

 

カーテンコール終了後、奏者が一人ずつ袖へと戻っていく。

木管セクションのメンバーは最後まで舞台に残っていたが、そこで悲愴のソロを見事吹いたファゴットトップにこっそり労いの拍手を送っている。

ここでなんと、ファゴットトップが客席に向かって手を振ってきた。

どうやらさっき立ち上がった僕のことを認知していたらしい。

何度でも拍手を送りたくなったので拍手した。

すると、客席全体に再び拍手の輪が広がり、舞台上に残っているファゴットトップに向けて拍手を送った。

カーテンコール終了後に一人の奏者に向けて拍手が自然発生的に生まれる場面を見たことがなかったので、感動するとともになんだかおかしくなった。

 

演奏会終了後、楽屋口から出てきたファゴットトップが言う。

「違うんですよ〜〜わたしは先輩に向かって手を振っただけやったのに」

なんだかかわいらしい話だと思った。

 

この話を堀さんにした所、「久しぶりにお前から爽やかな話を聞いた」との感想をいただいた。

爽やかな話、確かに久しぶりかもしれないな……