multiverse baby

平たい大地をむにむにと触って何時間も潰しているのは、まだそれが珍しく感じられるほどこの地上に馴染んでいない生命だから。
大人になること、成長とは物珍しいものがどんどん減っていってただの手遊びの時間が減っていくことだと既に知っている。
地上についてよく知らないまま、ここにある人間一個の運命について既に知っているのは矛盾ではなく、単に別の世界から転生してきたからだ。
魔法が存在しない世界からやってきたから、人間が手の平から炎を出すその瞬間がただただ面白くてずっと繰り返している。周りの人間が呆れ返っているにも関わらず執拗に炎を見ている。熱を感じ、匂いを感じる。
あるいは、別の世界では、人類は宇宙に進出しており、生まれてから死ぬまでを低重力で漂っている訳で、当然そこでは無意味に漂う話だけで何時間も潰している。
別の世界では仏陀に会ったし、また別の世界では神から託宣を受け、他でもあらゆる生命があらゆる形になって流転する様を火の鳥になって見ていた。しかし意味のある活動はなにもせず、ただぼーっとしているだけだ。
ぐるぐると転生していく中で元の世界に戻ってきた。意外と魂は摩耗せず、元の世界の大地をむにむにと触る幼児期に戻ってこれた。
途方もない経験をしていると思う。それぞれの世界について雄弁に語ることだってできるし、その気になれば世界と世界を繋ぐことだってできるだろう。ここにある生命らしきなにかにはそれぐらいの可能性がある。
しかし、そのような気力はない。これは長く歪んだ時の流れによって魂が摩耗したということではなく、初めからそのような気力しか持っていなかったということだ。
地面をむにむにと触るだけ。今度の生はその程度で十分愉快だ。