『文体の舵をとれ』練習問題(4)「重ねて重ねて重ねまくる」問2

語りを短く(七〇〇〜二〇〇〇文字)執筆するが、そこではまず何か発言や行為があってから、そのあとそのエコーや繰り返しとして何らかの発言や行為を(おおむね別の文脈なり別の人なり別の規模で)出すこと。
やりたいのなら物語として完結させてもいいし、語りの断片でもいい。

 

 人間関係をブログに書いたらトラブルになったことがある。意図せずそうなったのではない。かつて友人だった人を文章で刺し殺す、と強く願って書いた。殺せはしなかったが、間違いなく刺さったと思う。その証拠に私たちはもう友人ではない。トラブルを後悔したことはあるか? 答えはノーだ。社会的にどのような評価を受けようが、実際に力を持つ文章を書いたのだ、という自負がある。力を望んだ、後悔しようがない。文章に狂っている。破滅的な発想を次いつまたするかわからない。自分が怖いとは思わない。他人も怖くはない。世界の終末ぐらいになると、怖いな、と少し思う。目が見えなくなるのも怖い。耳が聞こえなくなるのはどうか。全身の皮膚が焼け焦げて触覚がなくなるのは恐ろしいかもしれない。遠くに行って家に帰ってこれないのは怖いというよりつらい。ホーム。私はかつて少年だったのだが、少年だった頃は怖いものがたくさんあった。それは当然そうだ。もう思い出せないが、人間関係が自分の知らない論理が動いていくのが不気味で親に泣いたことがある。刺し殺すと思った時も少し泣いていたかもしれない。今も刺し殺すと思っているのかどうか。いや今は思っていない。トラブルから多くのことを学んだし、実際の人間関係についてもほとんどのことを許した。私は人を許すだけの力を持っているのか? 私は自分の文章の力を信じている。私のペニスはとても強く大きいと酒場で宣う馬鹿。私のあそこはとっても素敵なの、とくると話は少し異なる。ジェンダーとセックスの違いを理解していない。理解しないまま多義的な言葉をたくさん用いて話を誤魔化すのは得意だ。得意なことなんて何一つないかもしれない。読めばわかるように私は多くの問題を抱えている。どうやってこれまで生きてきたのか。親に甘やかされてきた、社会に甘やかされてきた。全ては甘えかもしれない。開き直ればいいというものではない。開き直った方がいいこともある。実際に色々なことを開き直って文章におこしてきたわけだが、ウケがいいかは知らない。ウケは取りたい。笑ってほしい。私はこうしてトラブルをブログに書いて人間関係をやっていく。